かれてゐたが、学校を休み、松の下の茱萸《ぐみ》の藪陰にねて空を見てゐる私は、虚しく、いつも切なかつた。
 私は今日も尚、何よりも海が好きだ。単調な砂浜が好きだ。海岸にねころんで海と空を見てゐると、私は一日ねころんでゐても、何か心がみたされてゐる。それは少年の頃否応なく心に植ゑつけられた私の心であり、ふるさとの情であつたから。
 私は然し、それを気付かずにゐた。そして人間といふものは誰でも海とか空とか砂漠とか高原とか、さういふ涯のない虚しさを愛すのだらうと考へてゐた。私は山あり渓ありといふ山水の風景には心の慰まないたちであつた。あるとき北原武夫がどこか風景のよい温泉はないかと訊くので、新鹿沢温泉を教へた。こゝは浅間高原にあり、たゞ広茫たる涯のない草原で、樹木の影もないところだ。私の好きなところであつた。ところが北原はこゝへ行つて帰つてきて、あんな風色の悪いところはないと言ふ。北原があまり本気にその風景の単調さを憎んでゐるので、そのとき私は始めてびつくり気がついて、私の好む風景に一般性がないことを疑ぐりだしたのである。彼は箱根の風景などが好きであるが、なるほどその後気付いてみると人間の九分九厘は私の好む風景よりも山水の変化の多い風景の方が好きなものだ。そして私は、私がなぜ海や空を眺めてゐると一日ねころんでゐても充ち足りてゐられるか、少年の頃の思ひ出、その原因が分つてきた。私の心の悲しさ、切なさは、あの少年の頃から、今も変りがないのであつた。
 私は「家」に怖れと憎しみを感じ、海と空と風の中にふるさとの愛を感じてゐた。それは然し、同時に同じ物の表と裏でもあり、私は憎み怖れる母に最もふるさとゝ愛を感じてをり、海と空と風の中にふるさとの母をよんでゐた。常に切なくよびもとめてゐた。だから怖れる家の中に、あの陰鬱な一かたまりの漂ふ気配の中に、私は又、私のやみがたい宿命の情熱を托しひそめてもゐたのであつた。私も亦、常に家を逃れながら、家の一匹の虫であつた。
 私の家から一町ほど離れたところに吉田といふ母の実家の別邸があつた。こゝに私の従兄に当る男が住んでをり、女中頭の子供が白痴であつた。私よりも五ツぐらゐ年上であつたと思ふ。
 小学校の四年のとき白痴になつたのであるが、そのときは碁が四級ぐらゐで、白痴にならなければ、いつぱし碁打の専門家になれたかも知れない。白痴になつてからは年毎に
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