株屋か小説家になれと言ったそうだ。
 この話をその頃僕の好きだった女の人に話したら、その人はキッと顔をあげて、小説家は山師ですかと言った。
 その当時は僕も閉口して、イエ、小説家は山師の仕事ではありません、と言ったかも知れないが(良く覚えていないのだ)今になって考えると、流石《さすが》に陰謀政治家は巧いことを言ったものだ。尤も彼は山師の意味を僕とは違った風に用いているのかも知れないが、僕は全く小説は山師の仕事だと考えている。金が出るか、ニッケルが出るか、ただの山だか、掘り当ててみるまでは見当がつかなくて、とにかく自分の力量以上を賭けていることが確かなのだから。もっと普通の意味に於ても小説家はやっぱり山師だと僕は考えている。山師でなければ賭博師だ。すくなくとも僕に関する限りは。
 こういう僕にとっては、所詮一生が毒々しい青春であるのはやむを得ぬ。僕はそれにヒケ目を感じること無きにしもあらずという自信のない有様を白状せずにもいられないが、時には誇りを持つこともあるのだ。そうして「淪落に殉ず」というような一行を墓に刻んで、サヨナラだという魂胆をもっている。
 要するに、生きることが全部だというより外に仕方がない。



底本:「坂口安吾全集14」ちくま文庫、筑摩書房
   1990(平成2)年6月26日第1刷発行
   1993(平成5)年3月10日第2刷発行
底本の親本:「日本文化私観」文体社
   1943(昭和18)年12月5日発行
初出:「文学界 第九巻第十一号、第十二号」
   1942(昭和17)年11月1日、12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:宮元淳一
2006年1月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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