ぬが、然し、賭博であることには変りがない。
「小次郎の負けだ」
 めざとくも利用して武蔵はそう言ったが、然し、そこに余裕などがあるものか。武蔵はただ必死であり、必死の凝った一念が、溺れる者の激しさで藁の奇蹟を追うているだけの話だ。余裕というものの一切ない無意識の中の白熱の術策だから、凄《すさ》まじいほど美しいと僕は言う。万全の計算をつくし、一生の修業を賭けた上で、尚、計算や修業をはみだしてしまう必死の術策だから美しい。彼はどうしても死にたくなかった。是が非でも生きたかった。その執着の一念が悪相の限りを凝らして彼の剣に凝っており、縋《すが》り得るあらゆる物に縋りついて血路をひらこうとしているだけだ。最後の場にのぞんだ時に、意識せずしてこの術策を弄《ろう》してしまう武蔵であった。救われがたい未練千万な性格を、逆に武器に駆り立てて利用している武蔵であった。
 然しながら、武蔵には、いわば悪党の凄味《すごみ》というものがないのである、松平出雲の面前で相手の油断を認めると挨拶前に打ち倒してしまったりして、卑怯といえば卑怯だが、然し悪党の凄味ではなく、むしろ、ボンクラな田舎者の一念凝らした馬鹿正直
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