の剣法を築いてきたが、それはまさに彼の個性があって初めて成立つ剣法であった。彼の剣法は常に敵に応じる「変」の剣法であるが、この最後の場へ来て、鞘を海中へ投げすてた敵の行為を反射的に利用し得たのは、彼の冷静とか修練というものも有るかも知れぬが、元来がそういう男であったのだ、と僕は思う。特に冷静というのではなく、ドタン場に於いても藁《わら》をつかむ男で、その個性を生かして大成したのが彼の剣法であったのだ。溺れる時にも藁をつかんで生きようとする、トコトンまで足場足場にあるものを手当り次第利用して最後の活へこぎつけようとする、これが彼の本来の個性であると同時に、彼の剣法なのである。個性を生かし、個性の上へ築き上げたという点で彼の剣法はいわば彼の芸術品と同じようなものだ。彼は絵や彫刻が巧みで、絵の道も剣の道も同じだと言っているが、至極当然だと僕は思うのである。
僕は船島のこの問答を、武蔵という男の作った非常にきわどいが然しそれ故見事な芸術品だと思っている。
実際試合は危なかった。間一髪のところで勝ったのである。
小次郎は激怒して大刀をふりかぶった。問答に対する答えとしての激怒をこめて振りか
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