ているものである。特に宇野さんの小説は、私小説はもとより、男の子の話だの、女流選手の話だの老音楽夫人の話だの、語られていることの大部分はこういう微妙な綾《あや》の上の話なのである。これらの秘密くさい微妙なそして小さな心のひとつひとつが正確に掘りだされてきた宝石のような美しさで僕は愛読しているのだが、さればとて、然らば俺もこういうものを書いてやろうか、という性質のものではない。僕の頭を逆さにふっても、こういうものは出てこない。なるほど宇野流に語られてみれば、こういう心も僕のうちに在ることが否定できぬが、僕の生活がそういうものを軌道にしてはいないのである。だが、僕は今、文学論を述べることが主眼ではない。
このような微妙な心、秘密な匂いをひとつひとつ意識しながら生活している女の人にとっては、一時間一時間が抱きしめたいように大切であろうと僕は思う。自分の身体のどんな小さなもの、一本の髪の毛でも眉毛でも、僕等に分らぬ「いのち」が女の人には感じられるのではあるまいか。まして容貌の衰えに就ての悲哀というようなものは、同じものが男の生活にあるにしても、男女の有り方には甚だ大きな距《へだた》りがあると
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