必要でこの人が出発の呼吸をはかってやるのである。シバタサーカスは真ん中のブランコが女だけれども、両側のブランコに二人の老練家がついているから、全然狂いがない。松下サーカスは真ん中のブランコに長老が乗っているが、両側が子供ばかりで指導者がないのだ。
 落ちる。落ちる。そうして、又、登って行く。彼等が登場した時はただの少年少女であったが、落ちては登り、今度はという決意のために大きな眼をむいて登って行く気魄《きはく》をみると、涙が流れた。まったく、必死の気魄であった。長老を除くと、その次に老練なのは、ようやく十九か二十ぐらいの少年だったが、この少年は何か猥褻《わいせつ》な感じがして見たくないような感じだったが、この少年が最後の難芸に失敗して墜落したとき、彼が歯を喰いしばりカッと眼を見開いて何か夢中の手つきで耳あての紐《ひも》を締め直しながら再び綱にすがって登りはじめた時は、猥褻の感などはもはやどこにもなかった。神々しいぐらい、ただ一途に必死の気魄のみであったのである。その美しさに打たれた。
 いつか真杉静枝さんに誘われて帝劇にレビューを見たことがあったが、レビューの女に比べると、あの中へ現れ
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