前の空席に目をくれようともしなかったのである。
僕はこの少年の躾《しつ》けの良さにことごとく感服した。この少年が信条を守っての毅然たる態度はただ見事で、宮本武蔵と並べてもヒケをとらない。学習院の子供達がみんなこうではあるまいけれども、すくなくとも育ちの良さというものを痛感したのである。
このような躾けの良さは、必ずしも生家の栄誉や富に関係はなかろうけれども、然しながら、生家の栄誉とか、富に対する誇りとか、顧みて怖れ怯《おび》ゆるものを持たぬ背景があるとき、凡人といえども自らかかる毅然たる態度を維持することが出来易いと僕は思う。
とはいえ、栄誉ある家門を背景にした子供達が往々生れ乍《なが》らにしてかかる躾けの良さを身につけているにしても、栄誉ある人々の大人の世界も子供の世界もおしなべて決して常に此の如きものではない。のみならず、大人の世界に於ける貴族的性格というものは、その悠々たる態度とか毅然たる外見のみで、外見と精神に何の脈絡なく、真の貴族的精神というものは、又、自ら、別個のところにあるのである。躾けよき人々は、ただ他人との一応の接触に於て、礼儀を知っているけれども、実際の利害関
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