、いや、いつでも死ねる、というようなものがかなり伝わって流れてはいる。だが、親父の悠々たる不良ぶりというものは、なにか芸術的な安定感をそなえた奇怪な見事さを構成しているものである。いつでも死ねる、と一口に言ってしまえば簡単だけれども、そんな覚悟というものは一世紀に何人という小数の人が持ち得るだけの極めて稀れな現実である。
常に白刃の下に身を置くことを心掛けて修業に励む武芸者などは、この心掛けが当然有るべきようでいて、実は決してそうではない。結局、直接白刃などとは関係がなく、人格のもっと深く大きなスケールの上で構成されてくるもので、一王国の主たるべき性格であり、改新的な大事業家たるべき性格であって、この稀有な大覚悟の上に自若と安定したまま不良無頼な一生を終ったという勝夢酔が例外的な不思議な先生だと言わねばならぬ。勝海舟という作品を創るだけの偉さを持った親父ではあった。
夢酔の覚悟に比べれば、宮本武蔵は平凡であり、ボンクラだ。武蔵六十歳の筆になるという『五輪書』と『夢酔独言』の気品の高低を見れば分る。『五輪書』には道学者的な高さがあり『夢酔独言』には戯作者的な低さがあるが、文章に具わる個性の精神的深さというものは比すべくもない。『夢酔独言』には最上の芸術家の筆を以てようやく達しうる精神の高さ個性の深さがあるのである。
然しながら、晩年の悟りすました武蔵はとにかくとして、青年客気の武蔵は之《これ》亦《また》稀有な達人であったということに就て、僕は暫く話をしてみたいのである。
晩年宮本武蔵が細川家にいたとき、殿様が武蔵に向って、うちの家来の中でお前のメガネにかなうような剣術の極意に達した者がいるだろうか、と訊ねた。すると武蔵が一人だけござりますと言って、都甲太兵衛という人物を推奨した。ところが都甲太兵衛という人物は剣術がカラ下手なので名高い男で、又外に取柄というものも見当らぬ平凡な人物である。殿様も甚だ呆れてしまって、どこにあの男の偉さがあるのかと訊いてみると、本人に日頃の心構えをお訊ねになれば分りましょう、という武蔵の答え。そこで都甲太兵衛をよびよせて、日頃の心構えというものを訊ねてみた。
太兵衛は暫く沈黙していたが、さて答えるには、自分は宮本先生のおメガネにかなうような偉さがあるとは思わないが、日頃の心構えということに就てのお訊ねならば、なるほど、笑止な心構
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