にきた登美子さんはあなたのからだは魔法的ね、いい訳に苦しむ時には都合よく熱まででるように、九度八分ぐらいの熱まで調節できるんだからな、天性の妖婦なのね、などと私の枕元でズケズケいうのだが、私はいい訳に苦しむ気持などは至って乏しくて、第一私はいい訳に苦しむよりも病気の方がもっと嫌いなのだもの、誰が調節して九度八分の熱をだすものですか。しかし、私が熱のあいまにふと目ざめると、いつも久須美が枕元に、私の氷嚢をとりかえてくれたり、汗をふいてくれたり、私は深い安堵、それはいい訳を逃れた安堵ではなくて心の奥の孤独の鬼と闘い私をまもってくれる力を見出すことの安堵、私が無言で私の二つの腕を差しのばすと、彼はコックリうなずいて、苦しくないか? 彼の目には特別の光も感情も何一つきわだつものの翳もないのに、どうして私の心にふかく溶けるように沁みてくるのだろうか。私が彼の手を握って、ごめんね、というと、彼の目はやっぱり特別の翳の動きは見られないのに、私はただ大きな安堵、生きているというそのこと自体の自覚のようなひろびろとした落着きに酔い痴れることができた。
 そのくせ彼はこの海岸の旅館へきて、急に思いついたよ
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