まとうとき、何より生きがいを感じることができた。
 私はその生きがいを与えてくれる久須美に対してどのように感謝を表現したらいいか、そのことで最も心を悩ました。私の浮気もいわば私の衣裳のよろこびと同じ性質のもので、だから私が浮気について心を悩ますのは帽子や衣裳や靴と違って先方に意志や執念があることであり、浮気自体にうしろめたさを覚えたことはなかったが、私はこの浜で、大学生やヨタモノみたいな人や闇屋渡世の紳士やその他お茶によばれたり散歩やダンスに誘われたが、私はいつも首を横にふってことわった。そのとき私はそんなことをしては久須美に悪いと考えた。そして浮気をしないのが、久須美に対する感謝の一つの表現だと考えた。その考えはなんとなく世帯じみたようでイヤであった。私は母に義理人情をいわれるたびに不快と反抗を感じ、母の無智を憎んだけれども、私もおのずから世帯じみて自然のうちに義理人情の人形みたいに動くようになっているのが不快であり、私はまた、母の姿を見出して時々苦しかった。
 私はしかし浮気は退屈千万なものだということを知っていた。しかし、退屈というものが、相当に魅力あるものであり、人生はたかがそ
前へ 次へ
全83ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング