然の媚態がおのずから私のすべてにこもり、私はもはや私のやさしい心の精であるにすぎなかった。
翌日、エッちゃんは明るさをとりもどしていた。それは本場所のタドンよりも私との一夜の方がプラスだという考えが彼を得心させたからで、そして彼がそういう心境になったことが、私の気分を軽快にした。
「人間侮蔑っていったね。僕が人を土俵にたたきつけるのが人間侮蔑だってえのかい。だって、それじゃア、年中負けてなきゃアお気に召さないてんじゃア」
「そうじゃないのよ」
「じゃアなんのことだい」
「いいのよ、もう。私だけの考えごとなんですから」
「教えてくれなきゃ、気になるじゃないか。かりそめにも人間侮蔑てえんだからな」
「いっても笑われるから」
「つまり、女のセンチなんだろう」
「ええ、まア、そうよ。綺麗な海ね。ここが私の家だったら。私、今朝からそんなことを考えていたのよ」
「まったくだなア。土俵、見物衆、巡業の汽車、宿屋、僕ら見てるのは人間と埃ばっかり、どこへ行っても附きまとっていやがるからな。なア、サチ子さん、相撲とりが本場所が怖くなるようじゃア、生れ故郷の墨田川へ戻るのが怖しくって憂鬱なんだから、僕はお
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