そして、東京へ戻った時だけ、遊んで貰うわけには行かないか」
その場所エッちゃんは十両二枚目で、ここで星を残すと入幕できるところであった。私はなんとなくエッちゃんを励まして出世させたいと思ったから、
「そうね、じゃア、今場所全勝したら、どこかへ泊りに行ってあげる」
「全勝か。全勝はつらいね」
「だって女の気持はそんなものだわ。関取がギターかなんか巧くったって、そんなことで女は口説かれないと思うわ。関取は相撲で勝たなきゃダメよ。あなたの全勝で買われたと思えば、私だって気持に誇りがもてるわ」
「よし、分った。きっと、やる。こうなりゃ是が非でも全勝しなきゃア」
しかし結果はアベコベだった。エッちゃんはそういう気質なのだ。励んだり、気負いたっているとき、出はなに躓《つまず》くと、ずるずると、それはもう惨めとも話にならぬだらしなさで泥沼へ落ちてしまう。初日に負けて、いいのよ、あとみんな勝って下されば、二日目も負け、いいわ、あと勝って下されば、で千秋楽まで、楽の日は私もとうとうふきだして、いいわ、楽に初日をだしてよ、きっと約束まもってあげる、けれどもダメ、つまり見事にタドンであった。
エッちゃ
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