れども我慢して、そして私はオソヨさんが、もう東京はイヤだ、富山の田舎へ帰る、でも無一物で、どうして帰れることやら、などとさまざまにこぼすのをききながら、私はしかし、ほんとにそうね、などと返事をしても、実際は無一物など気にしていなかった。
 何も持たない避難民同士のなかから布団と毛布がころがりこむし、三枚の乾パンでは腹がペコペコだけれども、あしたはお米がくるというから、私は空腹よりも、こうして坐っていると人が勝手にいろいろ何とかしてくれるのが面白くて仕方がない。私はちょっとした空腹などより、人間同士の生活の自然のカラクリの妙がたのしい。窮すれば通ず、困った時には自然に何とかなるものだ、というのが、私がこれまでに得た人生の原理で、私に母をたよる気持のないのも、私の心の底にこんな瘤みたいな考えがあるせいだろう。私は我まま一ぱいに育てられたけれども、たとえば母も女中も用たしにでて私一人で留守番をしてお料理はお前が好きなようにこしらえておあがりといわれていても、私は冷蔵庫のお肉やお魚には手をつけずカンヅメをさがす、カンヅメがなければ御飯にカツブシだけ、その出来あがった御飯がなければ、あり合せのリ
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