に目がさめて電燈が消えていると、死んだのか、と慌てる始末であった。私はつまり並外れて死ぬことを怖がるたちなのだろう。
五分ぐらいすぎて、私は次第に怖しくなった。外には何の気配もなかった。ノブ子さんの部屋へ行くと二人はまだ眠らずにいたが、事情を話してノブ子さんの布団の中でねむらせてもらうことにした。
「じゃア関取はまだ戻らないんですね」
「ええ」
「自殺でもしたのかな」
「どうだか」
「うむ、どうでもいいさ」
田代さんはノブ子さんを相手に持参のウイスキーを飲みはじめたが、私は先に眠ってしまった。痺れるように、すぐ眠った。
★
夏がきて、私たちは海岸の街道筋の高台の旅館で暮した。借りた離れは湯殿もついて五間の独立した一棟で、久須美と田代さんは殆どここから東京へ通い、私とノブ子さんは昼は海水浴をたのしんだ。
私は毎日七時半頃目がさめる。食事して、久須美を送りだすのが九時ころ、それから寝ころんで雑誌を三四頁よむうちに眠くなり、うとうとして十一時か十一時半ころ目がさめる。昼の食慾は殆どない。ときどき、無性にアイスクリームが欲しい、サイダーが欲しい、冷めたいコーヒーが欲しい。うたたねの夢にそれを見ていることもある。中食後海へ行き四時ごろ帰ってきて風呂にはいり、ついでに洗濯物をしたり、それから寝ころんで雑誌をよみだすと、また、うとうととねむってしまう。久須美が帰ってきて、その気配でたいがい目がさめる。夕方になっている。海がたそがれ、暮れようとしている。私は海をしばらく見ている。久須美が電燈をつけると、もうちょっと、あかりをつけないで、という。しばらくして、もうつけていいわ、という。私は顔を洗い、からだをふき、お化粧を直し、着物を着かえて、食卓に向う。あかるい灯と、食卓いっぱいの御馳走が私の心を安心させ、ふるさとへ帰ったような落着きを与えてくれる。私はオチョウシを執りあげて久須美にさし、田代さんにさす。私は私がたべるよりも、人々がたべ、また、私が話すよりも、人々の話のはずむのがたのしい。
私はこのごろ時々よけいなことを喋るのでイヤになることがある。物を貰ったりすると、ありがとうございます、などといったりする。以前はニッコリするだけだった。季節に珍しい物を貰うと、今ごろ珍しいわね、などと自然に喋っていたり、それだけなら私は別に喋るのがイヤではないけれども、好ましくないものを貰うと、ありがとう、というけれども、そしてニッコリしているけれども、ずいぶん冷淡な声なのである。私の母は嬉しいものを貰うと大喜びをするけれども、無関心ないただき物には、ソッポを向くような調子であった。子供心にそれが下品に卑しく見えて、母の無智無教養ということを呪っていた。以前の私はいつもニッコリ笑うだけだからよかったけれども、近ごろは有難うなぞと余計なことを自然にいうようになったから、ありがとうございます、といったり、ありがとう、といったり、言葉や声に自然の区別があって、なければ余程マシなような冷淡な声をだしたりするから、ふと母の物慾、その厭らしさを思いだしてゾッとするのだ。
私は自分で好きなものを見立てて買い物をするよりも、好きな人が私の柄にあうものを見立てて買ってきてくれるのが好きだった。一緒に買い物にでて、あれにしようか、これにしようか、一々私に相談されるのはイヤ、自分でこれときめて、押しつけてくれる方がうれしい。着物や装身具や所持品は私の世界だから、私自身が自分で選ぶと自分の限定をはみだすことができないけれども、人が見立ててくれると新しい発見、創造があり、私は新鮮な、私の思いもよらない私の趣味を発見して、新しい自分の世界がまた一つ生れたように嬉しくなる。
久須美はそういう私の気質を知っていた。彼の買い物の選択はすぐれていて、その選択の相談相手は田代さんであった。私は私の洋服まで、私が柄や型を選ぶよりも、久須美にしてもらう方が好ましい。洋装店にからだの寸法がひかえてあるから、思いがけない衣裳がとどいて、私はうっとりしてしまう。田代さんやノブ子さんのいる前ですら、私は歓声をあげて自然に久須美にとびついてしまう。
私は朝目がさめて久須美を送りだすまでの衣裳と、昼の衣裳と、夜の衣裳と、外出しなくとも、いつも衣裳をかえなければ生きた気持になれなかった。うとうとと昼寝の時でも気に入りの衣裳をつけていなければ安心していられなかった。美しい靴を買ってもらうと、それをはいて歩きたいばかりに、雨の降る日でも我慢ができずに一廻り散歩にでかけずにいられなくなる。まして衣裳類はむろんのこと、帽子でもハンドバッグ一つでも、その都度一々私は意味もなく街を歩いてくるのであった。映画や芝居の見物よりも私にとって最もうれしい外出はその散策で、私は満足した衣裳を身に
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