やるという、女には珍しい心の娘であった。
だから活動的で、表面ガッチリズムの働き者に見えるけれども、実際はもうからない。三角クジだの宝クジだの見向きもしたことがなく、空想性がなく着実そのものだけれども、人の事となると損得忘れてつくしてやって一銭ずつの着実なもうけをとたんにフイにしてしまう。
田代さんはノブ子さんの美貌と活動性とチャッカリズムに目をつけて、大いにお金をもうけるつもりでかかったのに、一向にもうけもなく、おまけにノブ子さんは売上げの一割は手をつけずにおいて、自分の方にもうけがなくとも、この一割だけは田代さんの奥さんへとどけてやる。万事万端意想外で田代さんは呆気にとられたが、この人がまた、金々々、金が欲しくて堪らない、金のためなら何でもするという御人のくせに、御目当の金の蔓、しかし営業不成績をあきらめて、ノブちゃんの純情な性質の方をいたわった。
「しかしノブちゃん、からだぐらい、処女をまもるなんて、つまらねえな、そんなこと。私の女房に悪いから、なんて、ねえ奥さん(彼は私をこうよんだ)人間は本性これ浮気なものだから、かりそめに男を想う、キリスト曰く、これすでに姦淫です。心とからだは同じことだよ。からだだけはなんて、そんな贋物はいけねえな。だから奥さんを見習え、てんだ。奥さんは浮気、からだ、そんなこと、てんで問題にもしていねえ。だからまた、うちのオヤジと奥さんとは浮気の及ばざる別のつながりがありうることになるのだな。ここのところを見なきゃア。からだにこだわったんじゃア、だからノブちゃんは大学生だのチンピラ与太者に崇拝されたりなんかして、そういうクダラナサが分らねえのだから切ないよ。どうしてこう物の道理が分らねえのか、ねえ、奥さん」
田代さんがノブ子さんを私のところへ同居させたのも、なんとかして私の浮気精神をノブ子さんに伝授させたい念願だから、特別私の目の前でせっせと口説くけれども、私は笑って見物、助太刀してあげたことがない。
「奥さん、ノブちゃんの心境を変えるようになんとか助けて下さいな」
「だめ。口説くことだけは独立独歩でなければだめよ」
「友情がねえな、奥さんは。すべてこの紳士淑女には義務があるです。それは何かてえと友の恋をとりもつてえことですよ。私が女をつれて友だちに会う。するてえと、私は友達よりも私の方が偉いように威張り、また、りきむです。これ浮気の特権ですな。したがってまた友だちが女をつれて私の前へ現れたときは、私は彼の下役であり、また鈍物であるが如く彼をもちあげてやるです。これを紳士の教養と称し義務と称する、男女もまた友人たるときは例外なくこの教養、義務の心掛がなきゃ、これ実に淑女紳士の外道だなア。奥さんなんざア、天性これ淑女中の大淑女なんだから、私がいわなくっとも、なんとかして下さるはずなんだと思うんだけどな」
ノブ子さんには大学生が口説いたり附文《つけぶみ》したり、マーケットの相当なアンちゃん連が二三人これも口説いたり附文したり、何々組のダンスパーティなどと称して踊りを知らないノブ子さんを無理につれて行くから、田代さんのヤキモキすること、テゴメにされちゃア、あの連中、やりかねねえから、などと帰ってくるまで落着かない。からだなんざアとか、処女なんて、とかいってるくせに、案外そうでもないらしいから、私がからかってあげる。それは、あなた、だって、なにも、下らなく傷物になることはないからさ、誰だってあなた、好きな人が泥棒強盗式みてえに強姦されたんじゃア、これは寝ざめが悪いや。かほど熱心に口説いているけど、ノブ子さんはウンといわない。けれども田代さんが好きなのである。
私と全然似てもつかないノブ子さんは、私のもろい性質、モウロウたるたよりなさを憐れんで、私よりも年上の姉さんのように心配してくれた。しかし実際は表面強気のノブ子さんが実際は自分の行路に自信がなくて、営業のこと、恋のこと、日常の一々に迷い、ぐらつき、薄氷を踏むようにして心細く生きているのを私は知りぬいており、私は無口だから優しい言葉なんかで、いたわってあげることはないけれども、身寄りのないノブ子さんは私を唯一の力にしてもいた。
「奥さん、しかし、まずかったな。浮気という奴は、やっぱり、誰にも分らないようにやらなきゃダメなものですよ。しかし、ここで短気を起しちゃ、尚いけない。それが一番よくないのだから、何くわぬ顔で帰ること。そして、なんだな、関取と泊った、そこまでは分っているから仕方がないが、一緒に泊ったが、関係はなかった、いいですか、こいつをいい張るのが何よりの大事です。いい張って、いい張りまくる、疑りながらも、やっぱりそうでもねえのかな、と、人間てえものは必ずそう考える動物なんだから、徹頭徹尾、関係はなかった、そういい張っていりゃア、第一御本人
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