長逗留で、お金が足りなくなったので、ノブ子さんにたのんで秘密にお金をとどけて貰う手筈をしたが、ノブ子さんは田代さんと同道、温泉までお金をとどけに来てくれた。
田代さんはノブ子さんが好きで、一杯のみ屋のマダムは実は口実で、ていよく二号にと考えてやりだしたことであったが、ノブ子さんも田代さんが好きで表向きは誰の目にも旦那と二号のように見えるが、からだを許したことはない。
久須美の秘書の田代さんが来たものだからエッちゃんが堅くなると、
「イヤ、そのまま、私は天下の闇屋です、ヤツガレ自身が元来これ浮気以外に何事もやらぬ当人なんだから」
実際私は田代さんが来てくれた方が心強かった。なぜなら彼は自ら称する通り性本来闇屋で、久須美の秘書とはいっても実務上の秘書はほかにあって、彼はもっぱら裏面の秘書、久須美の女の始末だの、近ごろでは物資の闇方面、そっちにかけてだけ才腕がある。彼を敵にまわさぬことが私には必要だった。
「これ幸いと一役買っていらっしゃったのね。ノブ子さんと温泉旅行ができるから。もっぱら私にお礼おっしゃい」
「まさにその通りです。ちかごろ飲食店が休業を命ぜられて、ノブちゃんは淫売しなきゃ食えないという窮地に立ち至って、私の有難味が分ったんだな。サービスがやや違ってきたです。そこへこの一件をききこんだから、これ幸いと実は当地においてノブちゃんを懇《ねんごろ》に口説こうというわけです。今日あたりは物になるだろうな。ノブちゃん、どうだい、この情景を目の当り見せつけられちゃア、ここで心境の変化を起してくれなきゃ、私もやりきれねえな」
「ほんとにサチ子さん、すみません。私ひとり、お金をとどけるつもりだったけど、私、一存で田代さんに相談しちゃったのよ。だって心配しちゃったのよ、このまま放っといて、あとあと……」
私もノブ子さんがこうしてくれることを予想していたのであった。
ノブ子さんは表面ひどくガッチリ、チャッカリ、会社にいたころも事務はテキパキやってのけるし、飲み屋をやってからも婆やを手伝いにつけてあるのに、自転車で買いだしにでる、店のお掃除、人手をかりずに一人で万事やる上に、向う三軒両隣、近所の人のぶんまでついでに買いだしてやったり、隣りの店の人が病気でショウバイができず、さりとて寝つけば食べるお金にも困るという、するとノブ子さんは自分の店の方をやめて、隣の店で働いて
前へ
次へ
全42ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング