しないと一々証拠を列挙して書いたのだが、然しこちらを甜《な》めてかかつた相手に向つて正面から、返答するのも気の利かない話だから、目下頻りに考へ中でまだ手紙は投函しないのだ。君にこれといふ名案はないか?」
「さればさ。正直に兜を脱ぐのが第一だな」
「兜をぬぐとはどうすることだ?」
「改めて、そちらの令嬢に惚れてゐるが貴意如何、と言つてやるんだな」
「莫迦も休み/\言つてくれ。惚れてゐるならこんな苦労はしないさ」
「いやさ。万事が惚れたやうに出来てゐる、さういふ時は惚れた気持になることだよ。やれやれ。勿体ない。そまつにするな」
と言ひながら、煙次郎は行つてしまふ。草吉は腹を立てて、ポケットから例の手紙を取り出すとポストへ投げ込む。それから漸く落付いて、なるほど、かういふ時に惚れてみるのも悪くないなと考へながら歩いて行く。といふあたりで、この話はおしまひだ! 莫迦にするな!
底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「若草 第一一巻第一〇号」
1935(昭和10)年10月1日発行
初出:「若草 第一一巻第一〇号」
1935(昭和10)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年4月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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