の状勢であるから、敬々《うやうや》しく一礼して、こちらへ坂口アンゴ氏が参りますそうで、とたずねる。えゝ、えゝ、よく、いらッしゃいます、と女給がはずむように景気よく答えた。
 実は、私が、坂口安吾そのものズバリでありまして、と、声がふるえた。まったく恐縮するのは、こっちの方で、西荻のアンゴ氏は、僕と違って、威風堂々地を払っているに相違ない。このニセモノめ、と襟首つかまえられゝば、もうホンモノはダメなのである。
 けれども、バーテンも案に相違、好人物の中年男で、今に女給が帰ってきますから、と僕をかけさせて、コーヒーを持ってきた。そこへドヤ/\と女給の一群が戻ってきた。そうだろうさ、手紙にも、女給一同より、と書いてあったのだからネ。
 女給の中から、代表が現れて、進みでた。この女給が、手紙を書いた女給であった。二階でビールを一本のんで、この女給から、アンゴ氏の話をきいた。
 アンゴ氏は四十二三の小男で、メガネをかけていたそうだ。似ていますか、ときいたら、いゝえ、全然。アンゴ氏は、大へんお金持だったそうで、やっぱり偉いのである。
 去年の六月から現れた。つまり、太宰事件の直後らしい。情痴作家と
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