……」
 いや驚いたのは悪魔の奴で。――むらむらと薄気味悪い不安にかられ二歩三歩退きますと、「そこでバル氏はハン・スカ夫人と……アナタ、ハン・スカ夫人を御存知ないですか? 御存じない! 困るですね、それではですねアナタ……」情熱を傾けて語りながら衆人は悪魔の奴が退くだけ夢中につめよせてくるのです。悪魔の奴も辟易しました。万事休す、こはかなはじといふので印を結んでドカッとばかり地下へ潜れば。どつこい問屋で卸さない。「さうですよ、バル・ザック氏も金鉱を探しにでかけたですよ、さういふわけで――」
 旅人も夢中の態で地下へのこ/\這入つてくるではありませんか! 勝負あつた、と云ふべきですね。もはや詮《せん》術《すべ》なしと観念の眼を閉ぢた悪魔の奴は永遠の如き饒舌の虜となり、厭世感を深めたといふ話があります。
 若園君

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バルザックは五十年生きぬ
天帝清太に百年の生を与ふれば
清太は百年バルザックを語るべし
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 若園君! これは君にあてつけたエピグラムではありません。私の人生は矛盾撞着に富み、それ自身エピグラム的です。従而《したがって》エピグラム
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