入して昼寝をむさぼり、夜となれば星明りの青白い曠野の上を駈《かけ》つこなぞして、結構面白がつてゐたのです。ところへ一日通りがかつたのが一人の旅人でした。こんなことは年に一人、ひどい時は何十年に一人通るかといふ珍らしい出来事ですから、喜んだのは魔物の奴です。積年の退屈ざましに充分からかつてやらうといふ、そこで燕尾服の尻尾のやうなものをだらりとぶらさげ、大地を破つて旅人の前へ現れると、にやにやつといふ気持のよろしくない笑ひ顔をぬつと旅人の方へ突きだしたものです。
「どちらへ!」
「わッ! これは/\!」
忽ち慌てふためいてお辞儀やら敬礼やら挨拶やら似たやうな色々のものを一時にごた/\と連発したのが旅人で「ときにアナタ――」と、かう、開き直つたのか直らないのか、とにかく間髪を入れず喋りだしたのも亦旅人でありました。「ときにアナタ――」と、この旅人は二度三度吃りました。
「ときにアナタ――」いや、これはお初に珍らしいところでお目にかかりました、いやまことにお珍らしい、ときにアナタ、ソツジながらお尋ね致すがかのバル・ザック氏を御存じで。御存知ない? それは残念! そもそもバル・ザック氏といへば
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