んでしょう」
「ハ?」
「神田さんはここを曲って丘の上ですよ」
「ハア。存じております」
「そうですか。どうも、失礼」
 文作は一礼すると泡をくらッて丘の道を登りはじめた。なぜかというと、かの女性が年歯二十一二、驚くべき美貌であったからである。
「おどろいたなア。神田通いの人種の中にあんな可愛い子がいるのかねえ。まさにミス・ニッポンの貫禄じゃないか。典型的な美貌とはまさに彼女じゃないか。整いすぎて、すこし冷いかな。第一、オレに素ッ気なくするようじゃ、目が低いな」
 神田通いの婦人ジャーナリストの中に安川久子という美貌の雑誌記者がいることは記者仲間に知られていたが、あるいはその人かも知れない。流行作家といっても、神田兵太郎は著書が何十万と売れる流行作家で、毎月たくさん書きまくる流行作家ではなかった。したがって、彼に原稿を書かせるのは容易じゃないが、ちかごろ婦人雑誌の一ツが彼の原稿を毎月欠かさず載せている。それは安川久子という美貌の婦人記者を差し向けてからの話と伝えられている。
「神田兵太郎もワケの分らない先生さ。性的不能者という話もあれば、男色という話もある。とたんに美人記者が成功するん
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