関する調査だね」
「オレの到着前のことは無用さ。オレが立去る瞬間まで神田兵太郎氏は生きていたのだから」
「イヤ、イヤ。彼の生死にかかわらず、神田家に異常が起ってからのことは漏れなく調査されなければならない」
「異常とは?」
「たとえばラジオ。そのまた先には女中への手紙。そのまた先には神田氏から久子さんへの電話。それは事件の前日午後二時だから、すくなくとも、その時刻までさかのぼって、それ以後の各人の動勢をメンミツに調査しなければならないのさ」
「ずいぶんヒマな探偵だな」
「書生の木曾が当日どこへ買いだしにでかけたかそのアリバイの裏づけ調査を行ってる新聞も一紙しか見当らないぜ。それによると、木曾はFから約七|哩《マイル》のQ駅のマーケットまで洋モク洋酒その他を買いにでかけているのさ。彼がフィルムを買った写真屋はこう証言してるね。木曾さんが見えられたのは十一時前後でしたろう。現像したフィルムと新しいのとをポケットへねじこみ四五分ムダ話ののち自転車で立去りましたよ、とね。QとFの距離は自転車で三四十分だね。もっとも競輪選手なら二十分以内でぶッとばすことができるかも知れないが、一番普通に考えて木曾が当然の時刻にQで買物していることは彼自身の証言通りと考えていいね」
「木曾の行動で疑問なのは坂で僕らとすれちがってからの何分間だ」
「それは各紙がもれなく論じていることさ。僕は目下各紙の調査もれを考案中で――もっとも、各紙の調査もれは君の調査もれでもあろうから、君に訊いても要領を得ないだろうね。君がF駅へ下車した十一時三十五分以後のことを語ってくれたまえ」
「神社の前で安川久子と言葉を交した以外には道で特別のことはない」
「神田邸では?」
「呼鈴を押すとアケミさんが現れて広間へ通してくれた。アケミさんはマントルピースの上から原稿をとってくれて、サンドウィッチとコーヒーを持ってきてくれたから、二人でそれを食って……」
「アケミさんも?」
「左様。それが毎日の例なんだ。神田氏の食事の時間は不規則でずれてるから、アケミさんはオレを待ってて一しょにサンドウィッチとコーヒーをとる。いつもなら女中が運んでくるが、その日はアケミさん自身が運んでくれて差向いでいただいた。十分間ぐらいして、サンドウィッチをほぼ平らげたころに、浴室の神田氏がタオルと怒鳴ったので、アケミさんは座を立った」
「それまでは
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