なります」
「私をからかうために、この売買の話をもちかけたのですね。それでしたら、あなたは本当に罪人ですとも」
「あなたに善人とよばれるよりは、罪人とよばれることを喜びますよ」
「あなたは私をぬか喜びさせ、期待にふるえる思いをさせて、ドン底へ突き落したのです。希望をもたなかったうちは、私は鶏小屋の生活に安住することができたでしょう。こんなふうに、いっぺん空へ抱き上げて、突き落されては、私はもう平静な心境を失いました。私は絶望させられたのです。手足を折られた上に、さア働いて生きて行け、と突き放されたようなものです。私をどうして下さるのですか」
「私は何もしませんよ。この土地と建物を売って、軽井沢へひきあげるだけです」
「じゃア、二千五百円で、土地の半分と、建物の半分と、源泉の半分を売って下さい」
「あと半分の買い手を探していらしたらね」
 亮作は顔をしかめて、手放しで、ポロポロとなきだした。
「私は悲しい思いを忘れていました。悲しい思いを忘れずに、どうして鶏小屋に生きられましょう。必死に努力したのです。そして、どうやら、ウジムシのような生活にもなれることができたのです。恥も外聞も忘れで、
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