しい人生。すばらしい戦争。
 彼はクシャクシャ泣きそうな顔に、にえきらない笑いをうかべて、
「じゃア、二千円で買いましょう」
「何を仰有るのです。私だって疎開を急がなければ、こんな捨値で売りやしませんよ。今どき、五千円ポッチで何が買えますか。あなたのように、家も土地も所有したことのない方に、こんな話をしたのがマチガイでした。私も長い辛酸のあげくに、ようやく念願を果したこの別荘です。ハシタ金で、ボートクを加えるほどなら、火をかけて燃した方がマシですとも」
「ボートクじゃないのです。私はお金がないのです」
「じゃア、およしなさい。お金がなければ、話になりません」
「じゃア、三千円で手をうちましょう」
「誰が手をうつのですか」
「私はそれしかお金がないのです」
「ですから、お金がなければ、お止しなさい」
「あなたは卑怯です」
「なぜ」
「私のような鶏小屋の住人に売買の話をもちだす以上、私のもてる限度に於て取引に応じて下さるのが当然でしょう」
「私はあなたとは論争しません。あなたが弁護士でしたら、殺人犯人がどんなに喜ぶか知れませんよ。泥棒や詐欺は正業という結論になったでしょうよ。債権者は罪人になります」
「私をからかうために、この売買の話をもちかけたのですね。それでしたら、あなたは本当に罪人ですとも」
「あなたに善人とよばれるよりは、罪人とよばれることを喜びますよ」
「あなたは私をぬか喜びさせ、期待にふるえる思いをさせて、ドン底へ突き落したのです。希望をもたなかったうちは、私は鶏小屋の生活に安住することができたでしょう。こんなふうに、いっぺん空へ抱き上げて、突き落されては、私はもう平静な心境を失いました。私は絶望させられたのです。手足を折られた上に、さア働いて生きて行け、と突き放されたようなものです。私をどうして下さるのですか」
「私は何もしませんよ。この土地と建物を売って、軽井沢へひきあげるだけです」
「じゃア、二千五百円で、土地の半分と、建物の半分と、源泉の半分を売って下さい」
「あと半分の買い手を探していらしたらね」
 亮作は顔をしかめて、手放しで、ポロポロとなきだした。
「私は悲しい思いを忘れていました。悲しい思いを忘れずに、どうして鶏小屋に生きられましょう。必死に努力したのです。そして、どうやら、ウジムシのような生活にもなれることができたのです。恥も外聞も忘れで、
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