よ。なあ」
 と、鼻ひげの親爺が破片をなでまはして残念がつてゐる。
「三四尺ぐらゐの下から出たべい」
「さう/\。四尺ぐらゐの所よ」
「今度あつたらよ。手で丁寧に掘りだすだよ」
 ガランドウはかう言ひ残して、僕達は墓地をでた。ガランドウは土器の発掘が好きなのである。時々、鍬をかついで、見当をつけた丘へ発掘にでかける。ガランドー・コレクションと称する自家発掘のいくつかの土器を蔵してゐる。尤も、コレクションを称する程のものではない。小田原界隈の海にひらけた山地には原住民の遺跡が多いのである。
 二の宮の魚市場には二間ぐらゐの鱶が一匹あがつてゐた。目的の魚屋へついたが、地の魚は、遂に、一匹もなかつた。日が悪いだ。こんな日に魚さがす奴もないだよ、と魚屋の親爺は耳のあたりをボリ/\掻いてゐたが、然し、鮪をとつておいてくれた。鮪一種類しかなかつたのである。
 魚屋の親爺は労務者のみに特配の焼酒をだして、みんな僕達に飲ませた。サイダーで割つて飲むと、焼酒も乙なものである。ガランドウから伝授を受けた飲み方のひとつだ。そのとき、丁度、四時半であつた。太陽が赤々と沈もうとし、魚屋の店頭は夕餉の買出しで、人の出入が忙しい。異様な二人づれが店先でサイダーに酔つ払つて鮪の刺身を食つてゐるから、驚いて顔をそむける奥さんもゐる。
 必ず、空襲があると思つた。敵は世界に誇る大型飛行機の生産国である。四方に基地も持つてゐる。ハワイをやられて、引込んでゐる筈はない。多分、敵機の編隊は、今、太平洋上を飛んでゐる。果して東京へ帰ることができるであらうか。汽車はどの鉄橋のあたりで不通になるであらうか。そのときは、鮪を噛りながら歩くまでだ、と考へてゐた。ナッパ服の少年工夫が街燈の電球を取り外してゐる。ガランドウはどこからか一束の葱の包みを持つてきて、刺身にして残つた奴はネギマにするがいゝだ、と言つた。丁度、夜が落ちきつた頃、二の宮のプラットフォームでガランドウに別れた。僕は焼酒に酔つてゐた。

 十二月八日午後四時三十一分。僕が二の宮の魚屋で焼酒を飲んでゐたとき、それが丁度、ハワイ時間月の出二分、午後九時一分であつた。あなた方の幾たりかは、白昼のうちは湾内にひそみ、冷静に日没を待つてゐた。遂に、夜に入り、月がでた。あなた方は最後の攻撃を敢行する。アリゾナ型戦艦は大爆発を起し、火焔は天に沖《ちゅう》して、灼熱し
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング