するところに非ず。たゞ、新婚旅行には適しない。アベックは別のホテルへいらっしゃい。つまり、近代に於ては、アベック用のホテルと、睡眠用のホテルと必ず二つが必要なのである。何とまア偉大な発見であろうか。ちなみに、この持続睡眠療法というものは、十年前には地上に存在しなかったのである。だから疲れ果てたる人間共が、やぶれかぶれに戦争などをやったのである。
アプレゲールの絶望感には最適であるから、カストリを飲む金があったら、精神病院へ旅行するに限るのである。非常に健全無比な旅行なのである。
前大戦アプレゲール派のコクトオ氏なども、前代的絶望感によって、鴉片《アヘン》窟へ通った。これは幻覚をみるから、竜宮の門をくゞることでもあり、その点だけ浦島太郎であるけれども、これは、やめた方がよろしい。幻視とか幻聴というものは、甚しく不安定な絶望感と抱き合せにあるもので、私自身麻薬の経験はないけれども、幻聴幻視になやまされた覚えは肝に銘じているから、こんな癈人的感覚に近代性などのある筈はないのである。
近代はすべからく健全でなければなりません。それぐらいのことが分らなくって、なんて悲しい人々がたくさん居るのだろうか。だから近代に於てもメシヤが必要であり、それはお助け爺さんやジコーサマではない。つまり健全でなければならぬ。よって、迷える者、疲れたる者は、カストリ屋でトグロをまかずに、まっすぐ精神病院へ旅行すべきである。これこそ、近代の神殿、神の慈悲は、迷える者、悲しく疲れ果てたる者を、昏々と一ヶ月ねむらせてくれる。
深夜のメイ想などと、浅慮な言を発してはならぬ。なんたる不健全なヤカラであるか。白足袋の首相の如く、余も亦、汝らを叱るぞよ。健全。健全。浦島次郎となるや、真理は自ら明々白々となるのである。
先ず、急を要することは、全国の風光明媚なる高原に、海浜に、幾千万の精神病院をつくることである。国家的な大事業であり、疲れたるヤカラをみんな送る。看護婦もたくさんいるし、輸送も大変、催眠薬の製造も忙しい。睡眠省とか、睡眠大臣というものが必要であり、初代の大臣は私がならなければならないだろう。私がこんな心配をしなければならないのも、深夜のメイ想などという不健全な古典的言辞を弄する精神|匪族《ひぞく》が残存しているせいである。
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成1
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