深夜は睡るに限ること
坂口安吾

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鴉片《アヘン》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)精神|匪族《ひぞく》
−−

 私は皆さんに精神病院へ入院されんことをおすゝめしたい。精神病院には深夜のメイ想などゝいう古典的なるものは存在しないのである。深夜はみんな睡っています。睡らせてくださるのです。こういうのを神の力というのかも知れない。
 精神病院には、持続睡眠療法という浦島太郎の弟分に当る古典的近代が実存致しているのです。この浦島次郎療法は鬱病とか麻薬中毒などに用いて卓効がある。さる強力な催眠薬を用いて人工的に一ヶ月ほど昏睡させるのである。僕のように日頃催眠薬を使いなれていた者には、きゝが遅れ、薬量も甚だ多量を要して、病院をまごつかせるが、それでも、結局、眠らされてしまう。平常催眠剤を使っていない人なら、効果はテキメンで、昏々と一ヶ月、まるまる眠りつゞける。食事は看護婦が流動物を流しこんでくれるから、その他モロモロのことも心配がいらないのである。
 浦島太郎と違うところは、竜宮の門をくゞらないことで、一ヶ月目に、昏睡から目ざめると、思いだすのは昏睡以前の眠りに就くときのこと、つまり一ヶ月以前の就眠時を昨夜のことのように思いだす。その間一ヶ月が経過しているなどゝは、どうしても信じることができない。
 私はこのようにして、浦島次郎の実存を確認し、甚しく、気が強くなった。又、疲れたら、あそこへ旅行して、睡らせて貰ってこようや。
 だいたい、深夜のメイ想などゝいう神代的遺物は、当節、やめた方がよろしい。
 医師法というものがあって、拙者が人助けのために精神病院を開業することができないのは実に残念至極である。風光明媚なる適地に、バンガロー風の病院をたて、ベッドにねむれば星が見える。ねむれば、なんにも、見えないがね。職業意識が燃え立つせいで、宣伝文の要領が、ミューズとなって発現するのである。さて、このバンガローに、睡眠旅行ホテルというような名前をつける。精神病院という名前はよくないからね。新聞へ広告をだす。モロモロの疲れたる近代人よ、というような呼びかけはチンプかな。みんな浦島次郎にして、すこやかに帰す。星を眺めて、やがて昏々と睡り、一ヶ月、目をさませば星がある。その間に戦争があろうと地震があろうと、吾関
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング