にかい、オメカケの方がいゝというのかい」
「いゝえ、うちに子供もいるし、間借りだから、うちへ来て貰っちゃ、こまるわ。会社の名刺あげといたでしょう。四時ぐらいまでいるから、電話をかけてね。でも、一週間ぐらいのうちに、私の方から、お邪魔に上るわ。それまで、待ってちょうだい。分ったでしょう」
「なるほど、そうかい。それじゃあ、気永に待つことにしよう。一週間ぐらいのうちに、待ってるぜ。四時から五時半まではウチにいるし、そのあとだったら、屋台にいるから、屋台の場所は分ったね」
「えゝ、じゃア、またネ。四五日うち、二三日のうちに、お伺いするかも知れないわ」
 と云って別れた。
 二三日うち、四五日うち、待つ身のつらさ。お客用の猫モツの代りにマグロの刺身だの肉鍋などを用意して、屋台にいても、女の通る姿を見かけるたびにドキリときて、気が気じゃない。五十オヤジのホテイ腹に粋筋が秘めてあるとは知る由もないお客が、握ると落付かなくなるもんじゃねえか、などと薄気味悪くニヤリとするが、オヤジは当節お客が物騒なピストルぐらい勘定代りに払いかねないということなどは頓着しないノボセ方であった。
 とうとう七日目。入念に入浴して、朝は卵を五ツも飲み、昼には蒲焼、鳥モツ、夕食には柳川、スキ焼、用意をとゝのえ、当日は休業、屋台の方は用意なしという打込み方であったが、日が暮れても訪れがない。さては子供を寝せつけてから、などと十時十二時まで待ったが、そのころはもうヤケ酒の大虎となって、エイ、畜生め、二号のもとへシケ込みということになる。
 八日、九日、十日になった。
 あのとき五千か一万ぐらい軽く持たせてやればよかった。断髪洋装インテリ淑女とくると、つきあい方が分らないから、姫君みたいに尊敬したのが失敗のもとで、すぐ結婚というわけじゃない、いわばまア二号なみと先方がその気なのだから、そこに気がつかなかったのは大失敗であった。
 幸吉は叔母さんを訪ねてみると、
「何言ってやんだい。二十三十の小僧じゃあるまいし、ハゲ頭のビヤ樽め。オクゲ様が乞食するというこの節に芸者遊びだなんて、きいた風なことをしやがって、惚れたハレタが、きいて呆れらア。オツケで顔でも洗って、出直してきやがれ」
 というのに鼻薬を握らせると、
「じゃア、まア、ちょッと、行ってみてくるから」
 と出て行ったが、しばらくして、戻ってくると、先ず目顔で、それから、
「あの人、外へ来てるよ」
 幸吉は、とんで降りた。顔を見ると、ウラミを述べるどころか、たゞもう、グニャ/\して、御無沙汰致しました、などと相好くずしている。
 キヨ子は、会社が忙しくって、残業つゞきで、とか、何とか言い訳でもするかと思うと、そんなことは一言も言わない。キヨ子の最初の言葉はこうだった。
「私のことなんか、もう忘れてらっしゃると思ってたわ。あなたはずいぶん道楽なさったのでしょう。私なんか、つまらない女ですもの」
「とんでもない。忘れるどころの段じゃないね。私はもうこの一週間ほど落付きのない思いをしたのは、五十年、はじめてのことさ。それでもビヤ樽にへり目の見えないところをみると、よくよく因果にふとったものだな」
 幸吉はふところから用意の札束をとりだして、
「こんなこと、恥をかゝせるみたいなものだが、事務員して二人の子供を育てちゃア、大変なことさね。気を悪くしないで、納めてもらいたい」
「そんな心配いらないわ」
 キヨ子は極めて無頓着に幸吉の手に札束を返した。
「私の気持だけだから、私にも恥をかゝせないで、納めて下さいよ」
「私、男の人からお金もらったりすること、きらいよ。働いてると、時々、そんなことする人あるけど」
「だって、お前、私の場合は、もう他人じゃないんだから」
「だって、淫売みたいだから、いやだわ。お金に買われたみたい、いやだもの。私、ノンビリしていたいのよ。だから、もう、結婚なんて、考えたくないの」
「だって、見合いをしようという気持を起したじゃアないか」
「あれは気持の間違いですもの。それに公報はきたけれど、公報のあとに本人が復員することも屡々《しばしば》あるそうですもの。だから、夫を待ってるわ」
「それは済まなかったなア。それでも公報はきたことだから、一度、こうなっても、まんざら御主人に顔向けがならねえというワケでもないぜ。だから私も結婚は、あきらめるから、まア、然し、これは、納めて下さいよ。結婚は別として、時々は遊んでくれても、いいじゃないか。金で買うわけじゃアないんだぜ。当節はレッキとした官員さんでも暮し向きが楽じゃないそうだから、ましてお前、女手一つじゃ大変だアな。私の気持だけなんだから」
 無理に女の帯の間へはさんでやると、キヨ子も無頓着にそれなりであるから、
「今晩はともかく一時間でいゝから、うちへ遊びにきておく
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