り得ない。そして私は、私も嘗て一人の少年であつたが、菱山のやうな無類の激しさで一先人に血と肉を、その宿命を賭けるほどの、生死を通した読書の機会は遂ひに持たずに少年を終つた。私は今も落莫として己れの影を見失ひ、我れを見凝める厳粛な純情を暗闇の幕の彼方へ彷徨《さまよ》はせてゐる。
菱山はヴァレリイを見凝めることに於て自らを見凝め、読書が、同時に、激しい創造への其の同じ力となるのであつた。それ故、菱山はヴァレリイの中に育ちながら、遂ひにヴァレリイの亡霊となることはなかつた。彼は自らの血肉の道を歩きつづけ、血肉の詩を綴つてゐた。世に稀な天賦によらなければ、このことは出来ない。
至高な少年は、その独特の方法で、その独特の生き方で、彼なりに今成人した。彼の近頃の詩は私を打つこと甚しい。
我々の精神史の中では、絶対の拒否の中にも宇宙が育ち、現実を、生を、虚無と死へ還元したときに、生の最頂点を一線にひた走る自我の歴史が初まる。宿命の宇宙が初まる。菱山は此の宿命の宇宙に住み、濾過されてきた実体を、観念を、そして自らの宿命を彫り刻み、綴り合はしてゐる。
先日、疲労しきつた私は、力を索《もと》めて黄
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