ては記憶が鮮明であるのに、牧野さんがその席にいたのかいないのかシカと覚えがない状態であるのは、すでに彼との交りが重っていたのに、他の三人はその時が初対面のせいであったろうと思う。
 小林さんは頭髪ボウボウ、あのときは人相がよくなかったね。彼は「オフェリヤ遺文」を書いてる最中であった。書き悩んでいたのであろう。書けない、ということを云っていた。フム、深刻そうな顔をしていやがるなア、というのがその時の私の印象であった。そのほかに特にこれという印象はない。あの席で私が一番ハッキリ印象しているのは、徹ッちゃんだ。小林と何かカラミあって、つまり、酔っぱらって論争したという意味だ。ちょッと言葉がつまったんだね。青山がニヤニヤと河上をうち見て、
「二の句のつげない顔をしてやがるよ」
 と言った。四五秒して徹ッちゃんキッと顔をあげて、同時になんとなくボンヤリと立ち上ったような記憶がある。そして、「二の句のつげないことは、わるいことか」と、云やアがったね。なかなかよろしい武者ぶりであったよ。
 その半年ぐらい後だろう。春陽堂から「文科」という半営業的な同人雑誌がでた。同人の頭主格は牧野さんで、小林、河上
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング