すと歩くにも困難の様子で戸口の方へふらついて行つたが、今度は下駄が探せないらしく、数分間ごそごそして漸く帰つて行つた。翌朝気付いてみると、麻油の草履や靴を正確に片方づつ溝へ投げ棄てて帰つたことが分つた。
 すると翌日の真昼間又伊豆がふらふらやつて来た。黙つて這入つてきてきよとんと麻油を視凝めてゐたが、今度は余所見を繕ひまるで何処かへ行つてしまふやうな風をし乍らふらふら近づいてきて、麻油の頸を手探りし、やうやつと襟を握つて絞めはじめた。さうして麻油の頬つぺたを舐めたのである。麻油は劇しく跳ね返した。麻油は怒つた。非力の伊豆を仰向けに返すと、又しても悶絶に近づくまで絞めつけた。伊豆は手足をじたばたさせて口中から白い泡を吹いてゐたが、麻油が手を離してからも暫くあつぷあつぷしてゐて、おもむろに四這ひになると、部屋の中央へ白い嘔吐《へど》を吐き下した。
 その日は直ぐ帰らうとはしなかつた。彼は愈々蒼白となつて、空気を舐めるやうな格巧をしながら胸苦しさを押へてゐるやうであつたが、やをら立ち上つて麻油の腰に縋りつくと、自分の方でずどんとぶつ倒れて、自分で麻油の下敷きになつた。そのくせ殆んど失心して身
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