、変哲もない都会の屋根や電線を眺め、電車の録音をきゝながら考えていた。
 私は、然し、暗い旅から旅へ、まるで絶望の中を縫うようにして、まさしく、私自身としては勢一ぱいの、あらゆる努力によって仕事と闘い、今から思えば、あの状態で、あれだけの仕事をすることが出来たことが不思議であった。
 然し、破局が来た。それは当然来るべきものであったろう。
 私は秋の深まる頃から、アドルムの量が二十錠を必要として、ようやく三時間ほど眠り得る程度に衰えていたが、それらの薬品中毒の症状が、ぬきさしならぬものとなっていた。
 洟汁の流れが間断なく、一分以上洟をかまずにいるということが出来ない。かみ残された何分の一かは常に間断なく胃に流れこみ、終日吐き気を忘れることが出来なくなっていた。
 つゞいて皮膚が、たえがたく、かゆくなった。はじめは虱などのせいかと思い、夜毎にD・D・Tをまいたが反応がないので、常に家に硫黄風呂を絶やさず、朝から夜中まで四五回ずつ、風呂につかった、然し、全身の掻《か》ゆさは増すばかりであった。
 気分転換が何より必要だから、キャッチボールをしたり、フリーバッチングをしたりしたが、やがて、
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