うち、私の自覚している時間は五六日にすぎなかったのだから。たゞ、甚しく特殊な現象について云えば、私が自覚した五六日が、ひどく好色的であったということである。これは、アドルムの過用によって、その方面の神経が刺戟されたせいだろうと思うが、もとより足腰も立たぬ状態のことで、実際の行為は、生理的に不可能であった。
然し、私には、厭世とか自殺という考えのみはなかったのである。私は催眠薬によって、自ら冬眠をもとめたが、それは病気を治すため、疲れを治すためであり、どうしても、仕事を書きあげてみせるという決意と覚悟のためであった。
私は一週間ほどの無自覚な睡眠から目覚めた一夜、二階から飛び降りようとしたが、それは自殺のためではなく、凡そあべこべの意志と決意によってゞあった。私は足が折れるだろうという覚悟はあった。然し、死ぬ筈はない。又、死んではならぬのである。この一月に、最後の希望を托して、仕事と闘うために、京都へ旅立ったように、私は最後の手段として、二階から飛び降り、足を折るかも知れぬという危険にかえて、立ち直り、仕事を為しうる自信をつかむためのキッカケを生みだそうとしたゞけだ。自分をトコトンま
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