、その気ならば、というわけだろう、今度は升田の指がまだコマから放れぬうちに間髪を入れずコマをうごかす。両々全然盤上から手をひっこめず、ヒラヒラヒラと手と手がもつれて動くうちに、十何手かすゝんでいる。
 こっちが何時間と考えて指すのに、ヘタの考え休むに似たりと間髪を入れずヒョイとさゝれる、からかわれているようで、腹が立つものだそうであるが、昔は木村前名人がこの手が得意で、相手にムカッ腹を立てさせたものだそうだ。升田八段にオカブをとられて、何を小癪な、とやり返す。将棋だからバタバタバタと手と手がもつれてコマが動くけれども、ケンカならパチパチパチと横ッ面をひっぱたき合ったところだ。
 このアゲクが、大事の急所で慎重な読みを欠き、升田ついに完敗を見るに至ったが、誤算に気付いた升田の狼狽、サッと青ざめ、ソンナお手々がありましたか、軽率のソシリまぬかれず、これは詰みがありますか、ガク然として、自然にもれる呟き、こうなると、相撲と同じようにカラダで将棋をさしてるようなもの、ハッとかゞみ、又、ネジ曲げ、ネジ起し、ウヽと唸り、やられましたか、と呻き、全身全霊の大苦悶、三十一分。勝負というものは凄惨なもの
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