勝負というものゝ残酷きわまる真相があるのだ。その日によって調子もあり、読みの浅い日、深い日、閃く日、閃きのない日、色々あろうと思う。
 私たち文士だと、今日は閃きがないというので、仕事を休んで遊ぶことができる。勝負の方は、そうは行かぬ。約束の日だから、閃きのない日でも、指さねばならぬ。
 だから、対局の日を頂点にして、最も閃きの強い日をそこへ持って行くような、心構えと、その完全な用意がなければならぬ。
 その点でも、升田は用意を怠っていた。木村は夜ふかししなければ眠れず、対局前夜におそくまでワア/\騒ぐとよく眠れるそうで、まんまと自分の睡眠ペースへ運びこんだのに比べて、升田は用意を怠ったのである。
 次期名人は、たいがい升田らしい形勢であるが、その次にくるもの、これは新人でなく、やっぱり木村だろう。升田木村が名人を争うとき、この勝負の激しさは至上のものだろうと私は思う。私はその日をたのしみにしているのである。そして、それからの何年かは、名人位をとったり、とられたり、この二人の必死の争いがしばらく続くのじゃないかと思っている。



底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房
   1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第三巻第四号」
   1948(昭和23)年4月1日発行
初出:「オール読物 第三巻第四号」
   1948(昭和23)年4月1日発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2007年5月5日作成
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