にどやされつゞけて育つたのだから、平静な心を修得するのも自然で、温室育ちといふ生易しいものがないのである。勝負師の逞しさ、ネバリ強さは、升田の比ではないが、大山がこゝまで育つた功の一半は升田といふ柄の悪い兄弟子が存在したタマモノであつたかも知れない。これに比べると、東京方の原田八段は、棋理明※[#「皙」の「白」に代えて「日」、第3水準1−85−31]であるが、温室育ちの感多分で、勝負師の性根の坐りといふものが、なんとなく弱々しく見受けられた。
大山と私は、この対局がすんでから、NHKの依頼で、対談を放送した。私は将棋を知らないのだから、対談なんて云つたつて、専門家を相手に語るやうなことはない。アナウンサーが私に質問してくれゝば、それに応じて感想ぐらゐは語りませう、と引受けておいた。
イザ放送がはじまると、アナウンサーはひッこんで否応なしに対談となり、なんとなくオ茶は濁したけれども、まことにツマラナイ放送になつた。そのとき、大山八段が、いかにもションボリした顔で、私に向つて、
「坂口さん、打ち合はせておいて、やれば良かつたですね」
残念さうであつた。大山は、かういふグアイに、放送に
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