塚田を共犯に仕立てゝゐるのであつた。そして、又、アゲクには、塚田強しといふことを、実在の事実として、自ら負担せざるを得ないやうになつてしまふのであつた。
 私は塚田を見ると、ふと思ひだしたことがあつた。私の近所へ火野葦平が越してきたが、その近くに塚田正夫といふ表札のかかつた家があつた。戦災後にできた安バラックだから、もとより将棋名人の新たに住む家である筈はない。けれども、それを思ひだしたから、
「僕の近所に塚田正夫と表札のでた家ができてね。六畳と三畳二間ぐらゐのバラックだから、名人の新邸宅とは思はなかつたが、同じ姓名があるものだと驚いたよ」
「案外、かこつてゐるのかも知れないぜ」
 と原四郎がひやかすと、塚田はショボ/\と酔眼をしばたゝいて、ニヤリとして、
「僕もそんなことをしてみたいと思ふけど、うまく行かなくつてね。ほんとに、してみたいんだ」
 と、云つた。なんとなく板につかない。そのくせ本人の真剣さは分る。中学生がお金持ちになつて、大人なみのことをやらうと力んでゐるやうな恰好であつた。
 話が翌々日の対局にふれた。
 私は第一回戦に木村がボケて自滅した新聞記事を読んで以来、この名人
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