、この時の木村の返事が変つてゐた。彼は無造作に答へた。
「イヤ、君。時間はいくらあつたつて、同じことだよ。時間がたくさん有りや、はじめのうちに余計考へるだけのことで、どのみち終盤で時間がつまるのは、おんなじさ」
 仰有《おっしゃ》いましたね、といふところだらう。これだけ考へが変つたゞけでも、この二年間は木村にムダではなかつたのだらう。
 木村と塚田は自動車で帰つた。私と大山は肩をならべて、まだ人通りのすくない濠端から東京駅、京橋へ歩いた。私たちは毎日新聞の寮へ行つて、酒をのんだ。私はまだ二十七の風采のあがらぬこの小男の平静な勝負師が、なんともミズミズしく澄んで見えて、ちよッと一日つきあひたい気持がしたからであつた。



底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊文藝春秋 第一二号」
   1949(昭和24)年8月20日発行
初出:「別冊文藝春秋 第一二号」
   1949(昭和24)年8月20日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:土井 亨
2006年7月11日作成
2009年6月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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