ぬ魅力がそこにあり、つきせぬ憎しみもそこにかゝつてゐるのだと谷村は思つた。

          ★

 素子は谷村の揶揄に微塵もとりあふ様子がなかつた。けれども素子は態度に激することのない女であつた。腹を立てゝも静かであり、たゞ顔色がいくらかむつかしくなるだけだつた。
「あなたは先生をやりこめた覚えはないと仰有るでせう。そして反撥したゞけと仰有るのでせう。子供の話にあるぢやありませんか。子供達が石投げして遊んでゐると蛙に当つて死ぬ話が。子供達には遊びにすぎないことが、蛙には命にかゝはることなんです」
 と素子はつゞけた。
「私にも先生の肚は分つてゐます。誰にだつて分りますよ。思慮の浅い人なんですから。お金が欲しくて堪らなければ誰だつてあさましくもなるでせう。藁に縋りついてゞも生きたいものだと言ひますから、なけなしの肩書ででも、消えさうな名声でも、ふり廻せるものはふり廻して借金の算段に使ふのも仕方がないぢやありませんか。、野卑な魂胆しかないくせに芸術家然とお金をせびられては誰だつて厭気ざさずにゐられません。私は女ですから人のアラは特別癇にさはります。先生の助平たらしい顔を見るのも厭です
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