、過淫が衰弱の因となり、献身がともかくそれを償ふことを意識しない筈はない。だが、意識とは何ほどの物であらうか。流れつゝある時間のうちに、そんなことを考へてみたこともあつたといふだけではないのか。
素子の貪婪な情慾と、素子の献身と、その各々がつながりのない別の物だと谷村は思つた。素子の一つの肉体に別々の本能が棲み、別々のいのちが宿り、各々の思考と欲求を旺盛に盲目的に営んでゐるのであらう。素子の理智が二つの物に橋を渡すことがあつても、素子の真実の肉体が橋を渡つて二つをつなぐといふことはない。そして素子は自分の時間が異つたいのちによつて距てられてゐることに気付いたことはないのである。
谷村は咒《のろ》ひつゝ素子の情慾に惹かれざるを得なかつた。憎みつつその魅力に惑ふわが身を悲しと思つた。谷村は自らすゝんで素子に挑み、身をすてゝ情慾に惑乱した。その谷村をいかばかり素子は愛したであらうか!
遊びのはてに谷村のみが我にかへつた。その時ほど素子を咒ふこともなく、その時ほど情慾の卑しさを羞じ悲しむこともなかつた。素子は情慾の余燼《よじん》の恍惚たる疲労の中で恰も同時に炊事にたづさはるものゝやうな自
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