ゐる。金の必要の理由に就ても、しどろもどろで、一向に実感がない。実感がこもつてゐるのは媚態だけであつた。
「ねえ、素子。先生の話はをかしいね。一万五千円の入用だなんて、作り話ぢやないかね。出来ない相談だといふことは分りきつてゐるぢやないか。然し、作り話だとしてみると、なぜこんな馬鹿らしいことをやる必要があるのだらう」
素子はそれに答へてきつぱりと言つた。
「あなたが先生をやりこめたからよ」
思ひがけない答であつた。
「なぜ? 僕が先生をやりこめたのが、なぜこの馬鹿げた金談の原因になるのかね」
「先生はいやがらせにいらしたのよ。復讐に、こまらしてやれといふ肚なのよ、あなたが先生にみぢめな恥辱をあたへたから、うんとみぢめなふりをして私たちを困らしてやるつもりなのでせう」
「そんなことが有り得るだらうか。第一、僕たちは一向に困りはしないぢやないか」
「でも、人の心理はさうなのよ。みぢめな恥辱を受けるでせう。その復讐には、立派な身分になつて見返してやるか、その見込みがなければ、うんとみぢめになつてみせて困らしてやれといふ気になるのよ。復讐のやけくそよ」
妙な理窟だが、一応筋は通つてゐた。
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