モデルの方が適役だと絵描き仲間に噂のあつた人である。
この人の立居振舞にはどことなく下卑《げび》た肉感がともなうので、素子は谷村が足繁く訪ふことに好感を持たなかつた。あなたもエロだわと、谷村をひやかしたり、嫌つたりしたのである。ところが、谷村はあべこべに、肉感を露骨にあらはしてゐる女であるから、藤子に気がおけず、のび/\と話ができるのであつた。谷村は男同志でも言へないやうな露骨な話を気楽に藤子に言ふことができた。藤子の立場も同様で、男女の垣にこだはる必要がなかつたのである。
藤子からきいた話に岡本の失恋談があつた。岡本のお弟子の一人に美貌の令嬢があつた。冷めたい感じの、しつかりした人であつたから、岡本も手をだしかねてゐた。ところがこの令嬢が婚約したといふ話をきいたとき、おまけに相手の男が三国一の聟がねで幸福な思ひで一ぱいらしいといふ註釈がついてゐるのに、岡本は急に思ひたつて口説きにでかけた。わざと無性髭《ぶしょうひげ》をぼうぼうさせ、おまけに頭から顔の半分を繃帯でつゝんで、杖に縋つて呻きながら出かけて行つたさうである。そして令嬢に愛の告白をしたところが、令嬢はさすがにしつかりしてゐ
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