決定的な敗着であつたといふ。それまで、名人がくづれるやうに駒を投じたとき、五四歩がいけなかつた、六四金と打つんだつた、とすぐ呟いた。
私が対局室へ戻つたとき、両棋士面色益々赤く、全く態度が変つてゐる。全くもう疲れきつてゐるのだ。気力も精魂も尽き果ててもう心棒がないくらゐグニャ/\した様子である。そのくせ部屋いつぱい、はりさけるやうに満ちてゐるのが、殺気なのだ。だらしなく向ひ合つてゐる膝をくづした両棋士、必死のものを電流の如く放射する、それは二人の人間のからだからでも精神気魂からでもなく、私にはそれがもうたゞ宿命、のがれがたい宿命、それが凝つて籠つてゐるからだ、と思はれた。
もう勝負がきまつてゐるのだ。勝負ぢやない。名人が名人でなくなつたといふ、たとへば死刑囚が死の台へ歩いて行きつゝあるやうな。
それでも、木村名人の態度が、改まる。悪党が居直る凄み、にはかに構へに力がこもつて、手を延しざま王をとりあげ、八二王、コマ音高くパチリと叩きつける。すぐタバコに火をつけ、塚田八段をジロリと見て、立ち上り去る。
塚田八段、左手を膝に、右手を袖口から差しこんで、フトコロ手で左の腕を抑へて、盤に
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