いつもたくさんやるのかね」
 ときく。初日にたくさんやる、意味が分らないから記録係が返事に困つてゐると、
「初日に行くと、トクだね。いつもだと、三時間ぐらゐ。正味二時間半で帰つてくるからね」
 と呟いてゐる。なるほど初日は長くかゝる。長くかゝるから通例人は初日の観劇が厭なんだが、塚田八段は退屈を知らないのかも知れない。ほかの人間が自分とあべこべの考へ方をしてゐようと、気にかけたこともなかつたといふ顔付だ。そして、それつきり、黙つてしまつた。以下深夜、手合の終るまで、喋らなかつたのである。
 土居八段がビッコをひきひきMボタンをはめながら「一局碁を観戦してきたんぢやけど却々《なかなか》面白い」大きな声で登場、隣室の間の襖をしめる。隣室には毎日の記者がゐる。襖をしめても、記者を相手に途方もない大声でキイキイ喋りまくつてゐるから、何にもならない。
 倉島、三谷両君が昼食後二階で碁を打つてゐる。いづれも僕と互先、文人囲碁会のなじみであるが、まもなく村松梢風さんがやつてきて、将棋の方には顔をださず、二階へあがつて碁を打ちはじめ、これまた僕とは互先で、倉島君がそッと来て、
「村松さんがきたぜ。碁を
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