人の大長考が始まつたのはその時からで、まもなく正午、休憩となる。両棋士がまづ立ち去ると、記録係の京須五段が私に、
「この手は読売の手合か何かで塚田八段が三十八手で名人に負かされてゐるのです」
 と盤へ駒を動かして教へてくれた。塚田八段の二四飛についで、
 五六歩、同歩、八八角成、同銀、三三角、二一飛成、八八角成、七七角、八九馬、一一角成、五七桂、五八金左、五六飛、四八金上ル、七九馬、五七金スグ、同馬、四九王、五八金、同金、同馬、三八王、二六歩、二七歩、四八銀まで、三十八手、
 この時まではまことにノンビリしたものだ。これから両棋士、まつたく喋らなくなる。芝居の三氏、こんなところを見学したのは全く無意味で、芝居がハネてから、深夜に見学すべきであつた。

          ★

 昼食が終つて、十二時五十分、再開。
 名人痰をはきに立つてモーローと戻つてきて盤面を凝視してゐたが、便所へ立つた記録係が戻つてくると、ひよいと顔をあげて、魂のぬけたやうな目附でビックリ見て、それから庭に向つてア、ア、アと大あくびをした。坐り直して盤面にかがむ。
 そのとき塚田八段が記録係に、
「芝居の初日つて、
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