所隣りがあることだから」
「御近所は、もう慣れッこだ」小野はいきなりズカズカ上りこんだ。ガラリとフスマをあけると、奥は一部屋しかないから逃げ場もない。フトンの中の男がもっくり起き上って、観念の様子。
「ヤ。鈴木か。鈴木小助クン、意外な対面。カカアに云いつけてやるぞ」
 小野は小助を見下してニヤリと笑った。この町のカツギ屋の大将格のオヤジである。
「悪いことをした覚えはないよ。とッとと行っとくれ」
「ウン。よいことをしただけだな」
 小野は皮肉を浴せたが、諦めて靴をはいた。
「一ツだけ教えてくれ。さッき不二男がここへ来たろう」
「誰も来やしないッたら」
「誰もじゃない。不二男だ。二三十分前に表の戸を叩いたはずだ」
「知らないよ。グッスリねてたから」
 小野はドシャ降りの表へでた。うしろで戸がピシャリとしまって、カギをかける音がしている。
「さッき、逃げたのが、不二男さ。奴サン、せっかく恋しい女のところへ駈けつけたのに、先客アリでしめだされ、そッと中をうかがっていたらしいや。このドシャ降りにご苦労な話さね。カツギ屋の後家なんぞ張るもんじゃないよ。カゼをひくだけだ」
 不二男に女がいるという
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