「イヤ、あの方が何より無難です。ぜひお加久に会わせていただきたい」
 そのあげく、お加久が不二男の性根を叩き直してくれることになり、お加久は兵頭清とともに当分平作の家に泊りこんでお祈りをすることになった。そこで不二男とお加久はその晩同時に釈放となり、これに兵頭清を加えた三名が平作にひきつれられて警察を出た。
 ところがそれから三四十分後に、濡れ鼠の平作がただ一人蒼い顔で警察へ駈けこんだ。

     神様をだます人々

 平作の語るところによると、こうである。
 その日は暮れ方から降りだした雨が、平作の立ち去るころにはドシャ降りになっていた。平作の家は町からかなり離れていて、小さいながらも一山越えなければならない。
 平作はチョウチンを持ち先頭に立って山径を歩いた。どうにも一列でしか通れない道だ。ドシャ降りではあるし、お加久はお題目を声はりあげて唱えつづけているしで、ほかの物音はきこえない。平作は滑る山径を歩くだけが精一パイであったが、ようやく登りつめたところでふと振向いてみると、後にしたがってるのはお加久と兵頭だけで、不二男の姿が見当らない。
「オレのすぐ後が不二男の順であったが、まさか突然姿が掻き消えたわけではあるまい」
「坂の途中で小便の様子だから通り越して来たんですよ」
「バカヤロー。不二男の策にはまってズラカられたのだ。それで死神を落してやるの、性根を叩き直してやるのと、気のきいたことができるものか。もうキサマらに用はないから、とッととどこへでも消えてなくなれ。不二男の奴、もう、カンベンならねえ。警察で勘当の話をつけてもらう」
 平作はジダンダふんで警察へ戻ってきたのである。
 話をきいて、小野刑事はフッとタバコの煙をふいて、
「お題目の様子が神妙すぎると思ったら、やっぱりね。邪教が人をだますというが、この町の連中は邪教をだますのが流行だね。お加久はだませても、オレの目はだませないぞ。不二男の行き先ぐらいは、考えるヒマもいらないさ。一しょに来なさい。つかまえてあげる」
 小野は立ち上ると、いきなり外出の支度をはじめた。
 小野は平作をうながして、ドシャ降りの中へとびだした。裏通りから露地へまがる。
「シッ。静かに」小野は平作を制しておいて、小さな家の戸口の方へ進んだが、にわかに立ち止った。
「アッ。誰か、人が」
 平作にはそんな気配は分らなかった。
「え?
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