でかけて不在だと言つた。死ぬ者は死ぬ。帰りを待つて会つてみても仕方がない。私はそのまゝ戻つてきた。
数日後少女から手紙がきた。兄が無事帰つたといふ知らせで、自殺する筈の男が海水浴に行つてゐたといふことを余程の悪徳と考へたらしく、兄に代つて弁解と詫びが連ねてあつた。
高木に会つたとき、妹の齢を尋ねた。十九だと答へた。その春女学校を卒業して女子大学の学生だといふのである。
「それぢやない。その下の人だよ」
「僕の妹はひとりしかないのだ」
これをそつくり鵜呑みにするには奇蹟を信じる精神がいる。小学校の六年生と思ひこんでゐたのである。
高木の父は高名な陰謀政治家で(彼は妾腹である)そのころ大事件の中心人物であつた。私は高木の依頼で書類の包みを保管してゐたが、多分事件の秘密書類であつたと思ふ。判決がすんでから、少女がそれを受取りに訪ねてきた。その時は年齢なみの洋装で、なるほど小学校の子供ではないことをようやく納得したのであつた。
高木はそれから間もなく死んだ。彼の宿命の自殺ではなく、脳炎で狂死したのである。
私が危篤の知らせを受けて精神病院へ行つたのはクリスマスの前夜であつた。一日の十二時間は昏睡し、十二時間は覚醒してゐる。昏睡中は平熱で、覚醒すると四十度になる。私が病院へ着いた時は昏睡中で、このまゝ多分永遠に眠つてしまふ筈であるといふ話であつた。ところが十二時間目に又目が覚めた。
私はそのとき初めて彼の父陰謀政治家を見たのであるが、高木と同じ柔和な身体とふてぶてしさとがあり、線の太さが高木よりも大きかつた。
高木は父のゐることを知つて喚きだしたが、もはや音量が衰へて、離れてゐる私には聴えない。やがて父は別室へ行つて、子供は錯乱してゐないと家族達に断言した。
発狂といつても日常の理性がなくなるだけで、突きつめた生き方の世界は続いてゐる。むしろ鋭くそれのみ冴えてゐるのである。一見支離滅裂な喚きでも、真意の通じる陰謀政治家が発狂してゐないと断言したのは当然で、ほかの家族は発狂と信じてゐた。これも亦自然である。
やがて高木はほかの人達を退席させ、私と二人になつて、私に死んでくれと言つた。私が生きてゐると死にきれないと言ふのであつた。死なゝければ、きつと、よぶ、と言つた。その眼は狂ひ燃え、吐く息の悪臭はすでに死臭で、堪へがたかつた。
高木は私を文学の上の敵と
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