を見たり、左を駈けぬける自動車のあとを眺めてゐたが、警官は時々私を呼んで所持品を調べたり、どういふわけだか掌を調べた。
「あなたは手相もおやりですか」と私が余計なことを言つた。
「うつふつふつふ」
 突然楽しくてたまらないやうに高木が笑ひだした。一見子供々々した全身に、どうにでも勝手にしろといふ図太さが、一際露骨に表れてゐた。私がひやりとしてゐるうちに、
「いつたいどういふことを証明したらあなたは釈放してくれるのですか」
 子供はひとつ咳払ひをして落着払つてかう言ふ。愈々今夜は豚箱だと私が矢庭に観念しかけると、警官は案外にもその時あつさりと「お引とめして失礼しました」と言ひ、見事なほど別れ際よくサッサと振向いて行つてしまつた。
「君と一緒の時に限つてやられる。俺は一人でやられたことはないのだぜ」と私は癇癪を起して万事彼のせゐにしたが、
「冗談ぢやない。俺だつて一人でやられたことは絶対にないよ」と大いに抗弁した。
 二人連立つたびに頻りに訊問を受けたのである。

 高木は屡々《しばしば》自殺を計つて奇妙に幾度も失敗した。といふのは、彼は週期的に精神錯乱を起す不幸な先天的欠陥があつて、そのたびに異常に突きつめた世界へ走り、幾日も睡らず考へ又書きつゞけ、その手記を私の所へ送つて自殺を計る。何回となくやつた。私はたうとう友人の不幸な錯乱に不感症になつてしまつた。
 ある朝新聞を読んでゐると、信濃山中の温泉で或朝早く飄然出立した貴公子風の青年があり、あとで女中が便所の中に首くゝりの縄の切れたあとを発見した。死にかけてから縄が切れて落ちたもので、床板の上には吐出した血だまりがあつた。――その男の名が高木であつた。
 高木は十日ぐらゐ過ぎてからアテネ・フランセへ何食はぬ顔でやつてきた。二人は静かな場所へ行つて、
「信濃の武勇伝のみやげはないのか」
 頭からのしかゝるやうに私は皮肉を言つたが、「知つてゐたのか」彼は惨めに悄気《しょげ》た。一途に落胆を表はして、
「死ぬのが馬鹿げたことぐらゐ分りきつてゐるよ。だけど僕の生理には欠陥があるから、どうにも仕方がなくなるのだ」
 そのとき私は自分のひどい我儘に気がついた。友達の不幸な立場に思ひやりを持たないことに気付いたのである。
 そのころ私達は酒など飲むことがなかつたのに、銀座裏のバーへはいり(一番静かさうだから這入つたのである)一番高
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