をうち、自分の頬をピシャピシャたたき、彼を指し、大きな口を開いて、笑った。
「ゆくえも知らぬ、恋のみちかな」
 再び、童子は、大納言の鼻をつまんだ。予測しがたい素早さである。身をかわすひまはなかった。アと思うまに、もう手をたたいて、唄っている。
 ひどく不潔な顔である。猿の目鼻をクシャクシャとひとつにまとめた顔である。そうして、顔中、皺である。動作は、甚だ下品であった。正視に堪えぬ思いがした。
 と、ひょいと童子の立上るのを見た筈だったが、そのとき童子はにやりと笑い、目も鼻も大きな口も、突然ひとつにグシャグシャちぢんだ筈だった。とたんに、するりとからだがすぼんで、童子の姿は忽然《こつぜん》地下へ吸いこまれた。一瞬にして、姿もなく、あとに残る煙もない。あとにひろがる叢の上に、この季節にはふさわしからぬ大きな蕈《きのこ》が残っていた。
 大納言は呆然として、目を疑った。彼は思わず這いよって、蕈にさわってみようとした。
 突然四方に笑声が起った。
 大納言は驚いて顔をあげたが、笑う者の姿はなかった。笑いは忽《たちま》ち身近にせまり、木の根に起り、また、足もとの叢に起った。いつか遠く全山にひろ
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